Wednesday, October 28, 2020

記録保管庫としてのGitHubは、中国で「言論の自由」を守れるか:新型コロナウイルスの“機密情報”を巡る攻防 - WIRED.jp

中国で新型コロナウイルスの感染拡大が始まった2020年1月。カリフォルニア大学リヴァーサイド校の博士課程で学ぶ中国人学生の曾威磊(ゼン・ウェイレイ)は、パンデミックが徐々に広がっていく様子を、大学近くの自宅アパートからオンラインでつぶさに見守っていた。母国から数千マイルも離れたこの地でも緊急事態を報じるニュースをひとつも見逃すまいと、中国のソーシャルメディアを夢中で追い続けたのである。

そこには普段なら考えられないほど多くの不満の声が、次々に投稿されていた。ロックダウン(都市封鎖)のさなか、感染患者たちが不安におびえつつ書いた日記。過密状態に陥った病院の様子を伝える動画。そして、このウイルスについていち早くく公に警告を発したことで「風評を流布した」として訓戒処分を受けた若き医師の李文亮(リー・ウェンリアン)への賛辞などだ。

そのわずか1カ月後に、李医師は新型コロナウイルス感染症によって命を落としている。その後、中国当局は例のごとく検閲に乗り出し、インターネットの大掃除を始めた。ほんの数日前に閲覧したサイトに曾が再びアクセスしてみると、そこにはおなじみの「404エラー」だけが表示され、ページがまるごと消え去ったことを告げていた。

ところが曾は、これらの投稿が完全に消えてしまったわけではないことにすぐに気づく。その多くは保存され、インターネットの思いもよらない一隅にひっそりとしまい込まれていたのだ。その場所とは「GitHub」である。

世界最大のソースコード共有プラットフォームとして知られるGitHubは2008年に誕生し、18年にマイクロソフトの傘下に入った。開発者やプログラマーたちの間で人気が高く、主にソースコードの共有やクラウドソーシングのプラットフォームとして利用されている。

曾も研究プロジェクトで大学の仲間と共同作業をする際に、たびたびGitHubを利用していた。そんなGitHubにパンデミックの発生後、何千人もの中国人インターネットユーザーが集まり、新型コロナウイルスの記録保管庫という新たな用途を与えていることを知った。人々はこうして検閲行為に対抗しながら、今回の感染爆発をニュース記事や医学雑誌、個人の投稿などのかたちで記録に残そうとしているのだ。

機密文書から人々の記録まで保存

GitHubの「リポジトリ」と呼ばれる共同プロジェクトのひとつに、「#2020nCovMemory」と名づけられたものがある。

世界各地から名乗りを上げた7人の有志たちによってつくられたこのリポジトリには、中国の独立系経済メディア「財新」が発表した調査報告書から、武漢在住の作家の方方(ファンファン)がつづった「武漢日記」まで、あらゆるものが保管されている。この日記のなかで方方は、中国政府が情報を隠蔽していたことや、初動の遅れによって国民にウイルスの危険性を警告できなかったことを批判している。

ほかに、アイザック・アシモフのSF連作小説『ファウンデーション』シリーズに登場する惑星「ターミナス」にちなんで「Terminus2049」と命名されたリポジトリには、このウイルスを19年12月に初めて発見した中国人医師の艾芬(アイ・フェン)へのインタヴュー記事などの文書が集められている。いずれも本来なら中国のオンライン検閲システムであるグレートファイアウォール(金盾)に阻まれて、アクセスできないはずの機密文書ばかりだ。

曾は20年2月、「2020nCov_individual_archives」という名のリポジトリに参加し、ネットに投稿されたオンライン日記や、パンデミック期間中に一般の人々が日々の暮らしをつづった記録など、さまざまな情報を収集した。「これらの記録がどこかに保存されていることを知って、かなり気持ちが楽になりました」と、曾は言う。

言論の自由の最後の砦

中国では、インターネット上でFacebookやTwitterなどのグローバルなソーシャルメディアプラットフォームの利用が禁じられている。「WeChat(微信)」や「微博(ウェイボー)」のような国産プラットフォームも、厳しい監視下にある。しかし、一部の中国人インターネットユーザーが「中国における言論の自由の最後の砦」と呼ぶGitHubは、いまだにアクセス可能だ。

GitHubはデータのやりとりをすべて暗号化するHTTPSプロトコルを使用していることから、中国当局も個々のプロジェクトを検閲できないでいる。また、GitHubは中国のテック産業にとって極めて重要な存在なので、政府側も全面的な使用禁止に踏み切れずにいる。

中国の技術開発者たちは、オープンソースコミュニティとしてのGitHubに大きく依存している。新たにアカウントを取得した中国人ユーザーの数は、17年の1年間だけで69万人を超えた。中国は、GitHubで米国に次ぐ世界で2番目に多い数のオープンソースプロジェクトを立ち上げている。いまさらサイトをブロックすれば、大きすぎる代償を払うことになるだろう。

中国政府は13年にGitHubをブロックしようと試みたことがあるが、たちまち各方面から激しい抗議を受けた。グーグルで中国事業部門のトップを務めた経歴をもつコンピューター科学者のカイフー・リー(李開復)らテック産業界の大物たちも、そうした妨害行為は「国内プログラマーたちの道を閉ざし、国家の競争力と見識を失墜させる」ことになると訴えた。数日後、ブロックは解除された。

「かわいいネコ理論」とソースコード

こうした経緯を経てGitHubは、いまや検閲を免れた数少ない聖域のひとつとなり、ネット上の抵抗活動の拠点となっている。また「GreatFire」などの検閲回避ソフトウェアを提供する場所としても頻繁に利用されている。

中国のテック業界で不満を抱えながら働く技術者たちは、19年3月にGitHubで「996.ICU」と称するリポジトリを立ち上げた。自分たちの過酷な勤務スケジュールを披露し合ったり、従業員に週60時間超の労働を違法に強いている企業の「ブラックリスト」を共同でつくったりする目的である。また、関係省庁に労働条件の改善を求める請願書の草案づくりも進めた。

「996.ICU」の名称は、中国人技術系ワーカーたちの間で当たり前になっている「午前9時から午後9時までの週6日労働」、すなわち「996スケジュール」の果てに行き着く先は集中治療室(ICU)、というジョークに由来する。これを知った米国のGitHubとマイクロソフトで働く一部の社員たちは、この動きを支持する旨を表明し、マイクロソフトに対し「996.ICU」リポジトリの「検閲を受けずに誰もがアクセスできる状態」を維持するよう求めた。

ほかとは違うGitHubの強靭さは「デジタル行動主義のかわいいネコ理論」によって説明できるのだと、中国検閲制度の研究を専門とするカリフォルニア大学サンディエゴ校教授のマーガレット・ロバーツは言う。ネット上の思想家として活動するイーサン・ザッカーマンが提唱するこの理論は、政治にまつわる微妙な話題を掲載するウェブサイトも、かわいいネコの動画などの大衆向けのエンターテインメント素材を一緒に載せておけば、検閲の対象になりにくいことを示している。ネコを見たさにアクセスするユーザーのほうが多いからだ。「GitHubの場合、世界中からアクセスできるオープンソースコードが、たまたま『かわいいネコ』だったわけです」とロバーツは言う。

「中国向けのGitHub」が誕生する?

GitHubが中国のインターネット上に存在し続けることによって、中国当局はこれまで何度も経験したジレンマに遭遇することになる。中国にとってネット上に湧き上がる不満の声の抑え込みは必須だが、一方で「かわいいネコ」から多大な恩恵を受けてもいるからだ。

本質にあるのは、中国政府が過去20年以上にわたり見せてきた、綱渡りのように危なっかしい行動である。政府当局は、経済を成長させる上で十分な程度にネット上の自由を維持したい。かといって、政治を揺るがすほどの自由は与えたくないと考えている。そんなことは可能だろうか。

しかしGitHubは、そうした緊張状態からまもなく中国政府を救い出すことになりそうだ。GitHubは19年12月、中国に独立した子会社を設立する計画を発表した。『フィナンシャル・タイムズ』が報じたところによると、GitHubの最高執行責任者(COO)であるエリカ・ブレシアは、同社が中国政府との話し合いに入っており、業務拡大に向けた「段階的アプローチ」を計画中だと語ったという。

GitHubの独立子会社が設立されれば、中国政府はオープンソースプラットフォームがもたらす経済的なメリットを享受できるうえに、不適切とみなしたプロジェクトを検閲することもできるようになるかもしれない。「中国国内のユーザーは、国家による政治的な検閲や監視の標的にされやすくなるでしょう」と、トロント大学の研究施設「シチズンラボ」でネット上の検閲および監視行為を研究するジェフリー・ノッケルは言う。

これに対してGitHubの広報担当者は、このほど「現時点で中国に会社を設立する予定はない」と発言している。しかし、親会社であるマイクロソフトは過去に何度かそれを実行し、これまでに中国で「Bing」やLinkedIn、そのほか複数のサーヴィスに対する検閲を許している。『WIRED』US版はGitHubに対してCOOへのインタヴューを求めたが、返答はなかった。また19年12月の発表についても質問したが回答は得られていない。

分断されるインターネット

ユーザーを国籍によって中国版と米国版のどちらかのプラットフォームに振り分ける製品の分割とも言えそうな行為は、「インターネットの二分化に向けた新たな一歩」になりかねないと、外交問題評議会(CFR)のデジタル&サイバースペース政策プログラムのディレクターを務めるアダム・シーガルは指摘する。

実際、こうした事例は増えている。例えば、このほどZoomは、中国在住のユーザーに対する直接的なサーヴィスの提供を打ち切ることに決めている。またバイトダンス(字節跳動)は、動画投稿アプリ「TikTok」と同アプリの中国版である「抖音(ドウイン)」の位置づけを明確に分けている。

中国とかかわりをもつことによってGitHubは、いくつもの難題に直面している。そしてこのことは、中国のテック産業が10年ほど前にグーグルに去られて以来、ずっと抱えてきた課題を改めて浮き彫りにしている。世界のオンライン人口の圧倒的多数へのアクセス権を得るために、企業は中国政府の要求をのむべきなのだろうか。

「グーグル、ツイッター、フェイスブックなど多くのプラットフォーム企業が、中国マーケットにアクセスできないという犠牲を払っても、中国側からの検閲や監視の要求に応じない選択をしています」と、シチズンラボのノッケルは言う。「一方、マイクロソフトには、中国マーケットへのアクセスを維持するために、当局の検閲や監視の要請に応じてきたという長い歴史があるのです」

倫理感を問われる二者択一

中国のオープンソースコードへの自由なアクセスと引き換えに、この国の新型コロナウイルスに関する投稿をデジタル空間からすべて削除するようもちかけられたら? あるいは、人々の共有財産である歴史の保存と、技術の進歩のどちらかを選べと言われたら? 倫理感を問われるこの二者択一に、マイクロソフトはどんな決断を下すだろうか。それによって得られるもの、失われるものは何だろうか。

武漢のロックダウンは20年4月に解除され、中国におけるウイルスの広がりは抑えられている。その後、「#2020nCovMemory」のリポジトリは、セキュリティ上の懸念があるとして作成者によって削除され、ネット上から姿を消した。元のページにアクセスしても「404エラー」と表示されるだけだ。

プロジェクトのメンバーたちは、ページの運営停止を決めたのは中国の「いまの情勢」が理由だとしている。おそらくはメンバーの安全のため、また政府の報復を恐れてのことだろう。現に、北京在住の「Terminus2049」への投稿者が逮捕されるという出来事が4月下旬に起きている。家族が受け取った通知によると、「けんか騒ぎを起こして混乱を招いた」容疑とのことだが、逮捕とGitHubのリポジトリとの関連については不明である。

なお、「2020nCov_individual_archives」のリポジトリはそのまま残されている。「個人的な記録を保存しているだけです。政府と対立しようとは誰も思っていません」と、曾は言う。

境界線はどこにあるのか

それでも、曾は不安を隠そうとしない。「わたしたちはみな、自分たちの陣地のぎりぎりのところでボール遊びをしているのだと思います」と彼は言う。中国でよく使われる言い回しで、許されるラインを越えないようにして、できるだけ境界に近づくことを意味するという。

どの時点で個人的なことが“政治的”なことになり、アーカイヴが新たな意味をもつ歴史となり、保存する行為が抵抗のための行動となるのだろうか。「その境界線がどこにあるのか、正確なことは誰にもわからないと思います」と、曾は言う。「いつ自分に災難が降りかかるかも決してわかりません」

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