東京五輪第16日 レスリング女子50キロ級決勝 ( 2021年8月7日 幕張メッセ )
レスリング女子50キロ級決勝は17、18年世界女王の須崎優衣(22=早大)が孫亜楠(28=中国)をテクニカルフォールで下し、金メダルを獲得した。日本選手団旗手の大役を任された初五輪で、女子最軽量級3大会連続となる頂点の座を守った。
全試合無失点のテクニカルフォールの圧勝劇で締めた。須崎は両手で拳を握り、セコンドの吉村祥子コーチと抱き合って目を赤くした。「本当に夢みたい」。決勝までの3試合と同様、バックを取ると磨き上げたローリングで一気に加点。対海外勢の無敗記録は70連勝に伸びた。旗手を任された初五輪で「閉会式の時も笑顔で出られるように頑張ろう」という決意を実現した。
一度は諦めかけた舞台だった。東京五輪につながる19年世界選手権の代表決定プレーオフで宿敵の入江ゆき(28)に敗戦。「これから何のために生きれば」と涙に暮れた。それでも吉村コーチの「0・01%の可能性」という言葉に懸け、3日後にはマットに立った。わずかだった可能性は現実となる。入江が世界選手権で五輪切符を逃して代表選考が振り出しに戻り、19年12月の全日本選手権の再戦で雪辱して五輪への道をつないだ。
04年アテネ五輪後の交流会で金メダリストと知らずに吉田沙保里と手を合わせた少女は、08年北京での活躍を見て「自分も」と夢を描いた。勧誘されたエリートアカデミーは両親の反対もあって一度断ったが、中1の日誌には葛藤する様子がつづられていた。「入っていいこと。強くなりたい人がいて切磋琢磨(せっさたくま)できる。悪いこと。家族に会えない」。最終的に「自分の人生は自分で決めます」と記した通り、中2で家を出た。
須崎が五輪に再挑戦する全日本選手権直前の11月。母・和代さんは須崎が10歳の時に書いた「20才の優衣へ」という未開封の手紙を見つけた。姉の麻衣さんが開けると、そこには「オリンピックに行けるよう願います」の一文。本人すら忘れていたメッセージだった。10歳の自分との約束は、地元開催の五輪という最高の舞台で果たした。
表彰式のプレゼンターを務めた五輪4連覇の伊調馨氏からは「また次も、その次も頑張ってね」と声を掛けられた。まだ22歳。次世代のエースは、憧れの先輩たちが歩んだ道をたどる。
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