東京五輪第14日 レスリング女子57キロ級決勝 川井梨紗子5ー0クラチキナ ( 2021年8月5日 幕張メッセ )
女子57キロ級決勝で川井梨紗子(26=ジャパンビバレッジ)がイリーナ・クラチキナ(27=ベラルーシ)を5―0で下し、16年リオデジャネイロ五輪63キロ級に続き2大会連続となる金メダルを獲得した。前日4日は妹の友香子(23=同)が62キロ級で優勝しており、姉妹同時金メダルも達成。吉田沙保里が引退した女子レスリング界で、五輪4連覇の伊調馨を破って出場を決めた26歳が、エース継承を宣言した。なお、日本の獲得メダル総数はこの日で46個となり、リオの41個を超えて史上最多となった。
妹から受け取った黄金のバトンに応えた。涙はない。「私が勝たないと初優勝した友香子が喜び切れない」。その一心で戦い抜き、満面の笑みで観客席に手を振った。「もう一人の父」と慕う金浜良コーチと日の丸を掲げてマットを1周。「こんな幸せな日があっていいのかってくらい夢みたい」と振り返った。
第1ピリオドでバックを取ってテークダウンを奪うと、片足タックルやカウンターから加点。攻守で圧倒的な強さを示した。五輪3連覇中だった伊調馨を避けて階級を上げたリオから5年。真っ向勝負で切符を勝ち取った主戦場の57キロ級の金メダルに「リオの時よりかなり重いです」と泣き笑いした。多くの試練を乗り越えた重みだった。
東京を目指す道のりで一度は心が折れかけた。18年12月の全日本選手権。注目が集まった一戦で、長期の離脱から戦線復帰した伊調に敗れた。「ただ疲れた。リオで悩んで階級を変えた時以上に苦しかった」。試合後、観客席の母・初江さんの元に来た川井梨は、涙とともに初めて「やめたい」とこぼした。初江さんは「落ち込む間もなく、気持ちが切れた感じ。これで頑張れと言える親はいない」と振り返った。
そんな川井梨に周囲は練習を強要しなかった。年が明けて道場に足を運んでも練習を見るだけ。2週間ほど続いたある日、選手から「おばちゃん」と慕われる吉田沙保里さんの母・幸代さんが練習に訪れた。幸代さんは道場の隅で座って練習を眺める川井梨の肩を叩き、あっけらかんと言い放ったという。「何やってるの!あんたなら大丈夫だから」。心配する様子も、気遣いもない率直な笑顔が、川井梨の足をマットに向かわせた。
前日に優勝した友香子は姉の「マットに五輪マークがあるだけ」という助言を受け、平常心で戦い抜いた。実はその言葉は、リオ五輪で伊調から川井梨がもらったものだった。選手村のエレベーターで「五輪は何か違うんですか?」と聞くと、返ってきた答えは明快だった。「何も違わないよ。自分がやることは変わらない」
代表最年少だった5年前とは何もかもが変わった。国内代表争いで伊調を下し、この大会の準決勝ではリオで吉田を倒したマルーリス(米国)を圧倒。「どれだけ追いかけても届かない」と言う偉大な先輩たちがいなくなった五輪で、新たな日本のエースになった。3年後はパリ。「やっぱりレスリングが好き。やめられないというか、また帰って練習しているんだろうなって思う」。追い続ける背中がある限り、もっと強くなれる。
◇川井 梨紗子(かわい・りさこ)1994年(平6)11月21日生まれ、石川県津幡町出身の26歳。89年世界選手権代表の母・初江さんがコーチを務めていた金沢ジュニアで小学2年からレスリングを始める。至学館高―至学館大卒。16年リオ五輪63キロ級金メダル。15年世界選手権63キロ級銀メダル、17年60キロ級、18年59キロ級、19年57キロ級で3大会連続優勝。1メートル60。
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