東京五輪聖火リレーで目立つスポンサー車両を映し、ツイッターで約90万回再生された動画を3月28日、私は削除した。大音量の音楽やDJ(ディスクジョッキー)による異様な演出を問題視した動画で、削除という判断には「おかしい」という抗議の声もいただいた。なぜ削除したのか。背景にはメディアの動画公開を撮影から「72時間」とし、公道で撮影した動画すら規制する国際オリンピック委員会(IOC)の独自ルールがあった。(原田遼)
◆相次いだ抗議
問題の動画は、私が聖火リレー初日となった25日午後4時53分に南相馬市の県道で撮影した。日本コカ・コーラなどスポンサー4社が走らせるトラック型宣伝車が大音量の音楽を掛け、観覧客で密になる沿道の間を通過する光景を映した。一部のDJはマスクをつけずに「楽しみましょう」と絶叫していた。
その日夜、ツイッターの個人アカウントで動画を公開。翌日、東京新聞のウェブサイトでは、「大音量、マスクなしでDJ…福島の住民が憤ったスポンサーの『復興五輪』」のタイトルで記事を掲載し、動画を埋め込んだ。ツイッターのコメント欄では「どんちゃん騒ぎ」「復興五輪が聞いてあきれる」などスポンサーや大会組織委員会への批判が並んだ。私がツイッターに添付した動画は89万回再生され、リツイートは1・9万件に上った。
しかし28日午後4時30分、私は自らのツイッター投稿を削除した。会社にもウェブ記事から動画のみを削除してもらった。この措置をツイッターで報告すると、「IOCに従うのはおかしい」「公共性の高い動画をなぜ消すのか」という抗議が相次いだ。
◆IOCの「72時間ルール」
経緯は2月25日にさかのぼる。組織委がメディアに対して聖火リレーのオンライン説明会を実施。参加者にはメールで「ニュースアクセスルール」と書かれた資料が配られた。
そこには聖火リレーの放送、配信の権利は放映権を持つ事業者(NHKと日本民間放送連盟各社)にあることと、放映権を持たないテレビ局や新聞メディアに対して「イベントから72時間経過するまでの間に限り、非独占的に、ディレイで(すなわちライブではなく)放送し、あらゆるプラットホーム(インターネットを含む)経由で配信することができる」と明記されていた。
つまり新聞社はウェブサイトやSNSで聖火リレーの動画を配信する場合、撮影から「72時間」に制限されるという内容だ。
そして違反者に対しては「著作権、商標、刑事、不正競争、不正利用に関連する適用法令に基づき、法的責任に問われる可能性がある」と明記された。
◆「おかしい」と感じたが…
説明会で私は「明らかにおかしい」と感じた。放映権を持つテレビ局の利益保護が理由とはいえ、公道で行われる事象に対し、なぜIOCに規制する権利があるのか。
私は質疑応答で「万が一、事件や事故が起きた場合など公共性の高い報道が必要になった場合はルールの順守は困難かと思われる。柔軟に対応してほしい」と要望した。組織委員会の高谷正哲スポークスパーソンは「IOCが決めているルール。われわれはルールのみを伝えることしかできない」と、回答を拒んだ。
他の参加者からは一般の観覧者に対する動画公開について質問があり、高谷氏は「沿道の一般の方に対してのルールはない」と答えた。一般の人は無制限に動画を公開できて、メディアは駄目というのは理屈が合わないが、私以外にルールに異を唱える参加者はいなかった。
◆最終的には削除を決断
痛恨なのは、その後の自らの行動だ。ルールに疑問を持ちながらも、「一人では何もできない」と諦め、IOCに直接抗議をするなどの働き掛けをしなかった。
そして3月になり、メディアが聖火リレーのランナーや式典を取材するために必要な「メディアライブラリー」に登録した。登録には「ニュースアクセスルール」の順守が条件とされた。登録した時点で、IOCの不条理なルールに従わざるを得なくなったのだ。
リレーの動画撮影から「72時間」が迫った3月28日夕方、私は依然として伸び続ける再生回数を見ながら迷った。公道で撮影した動画の公開がIOCに制限されるはずがなく、万が一、訴訟を起こされても負けるリスクは少ない。「動画の公開を続けるべきではないか」。そうも考えた。
しかしIOCは民間組織で気に入らないメディアは自由に排除できる。「ルール違反」を理由に私だけでなく、東京新聞の全ての記者を聖火リレーから排除しかねない。最も心配したのは五輪本大会での取材パスだ。もし申請が却下されれば、競技会場には入れず、選手の活躍を報じることはもちろん、今回のように大会の「闇」を内部から伝えることはできない。新聞社としては致命的だ。3日間の動画公開で一定の問題提起ができた、とも感じており、私は最終的に動画の削除を決めた。
改めて30日、IOCの担当部署に「公道で撮影された動画に対し、なぜIOCが公開の権限を持っているのか」と質問をメールで送ったが、31日正午時点で返答は来ていない。
◆批判重く受け止め
公共性の高い記録を消してしまったことに対して「メディアの責任を放棄した」という批判を重く受け止めたい。同時にやはり多くの人が東京五輪に対して疑問を持っていることを実感した。今後も五輪の問題を追求しつづけることが、私の責務だと感じている。
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