ヨーロッパのビッグクラブが画策した「ヨーロッパスーパーリーグ(ESL)」の設立は、各方面から猛反発を受けたプレミア勢6クラブが次々に脱退を決めたことで、4月18日の正式表明からわずか2日で、実質的な終焉を迎えた。
今回、創設メンバーを構成したのは、スペインのレアル・マドリード、バルセロナ、アトレティコ・マドリード、イタリアのユベントス、ミラン、インテル、そしてイングランドのマンチェスター・シティ、リバプール、アーセナル、トッテナム、マンチェスター・ユナイテッド、チェルシーの計12クラブ。
サッカーファン以外の人でもその名を知る世界的ビッグクラブが公表した新リーグは、この間、日本でも一般ニュース番組で取り上げられるほど、世界的な騒動に発展した。
では、なぜ彼らビッグクラブの会長たちはこのタイミングでESL設立を表明したのか?
そもそも、ESLは突然降って湧いたわけではない。エリートクラブたちがヨーロッパの大会における自分たちの経済的メリットを高めるために、"地下室"で20年以上も熟成させてきた構想だ。その間、その主体となるクラブも構想自体にも紆余曲折はあったが、基本的な目的は変わらなかった。
始まりは1998年、イタリアのミラノに事務所を構える国際コンサルティング会社メディア・パートナーズが約2年かけて練り上げた「ヨーロッパフットボールリーグ」。オランダとポルトガルも含めた主要7カ国のエリート14クラブ(G14)に4クラブを加えた計18クラブ(後のG18)が毎回無条件で参加。予選を勝ち抜いたその他18クラブと合わせてリーグ戦と決勝トーナメントを行なって毎シーズンのチャンピオンを決めるという、今回のESLの原型となった構想である。
当時は、衛星テレビ放映の普及によりヨーロッパサッカーのテレビ放映権料が急騰し、1996-97シーズンから導入されたボスマンルール(契約期間満了時の移籍金廃止、EU内の外国人枠撤廃などを決めた移籍自由化ルール)の施行で、ビッグクラブとそうでないクラブの間に経済格差が生まれ始めた時代だった。80年代後半からミランのシルヴィオ・ベルルスコーニ会長(当時)が提唱していた"ビッグクラブだけの独自の大会"をかたちにするには、申し分のない経済的環境が整っていた。
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