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わたしたちの好奇心を満たし、文化的なひとときを提供してくれる博物館や美術館。同時に、貴重な資料の収集や、保管をする役割も担っています。地域の自然史の記録である化石や、人々のかつての暮らしぶりを伝える貴重な民俗資料など、科学、文化の研究拠点としても重要な存在です。しかし、県内の主要な施設を取材してみると、博物館の根幹ともいえる資料の保管に大きな課題があることがわかってきました。
化石がひびだらけ…いわき市のケース
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わたしたちにとって身近な博物館や美術館。多くの人が一度は利用したことがあると思います。しかし、展示する資料をどのように保管しているのか、その裏側をわたしたちが目にする機会はなかなかありません。県内のいくつかの施設に、保管される資料の実態を知りたいとお願いしたところ、いわき市のある博物館が取材に応じてくれました。
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40年前に開館した「いわき市石炭・化石館ほるる」。いわき市は、古生代から新生代の地層に富む地域で、首長竜として世界的に知られる「フタバスズキリュウ」をはじめ、市内から多くの化石が見つかっており、「化石の宝庫」とも言われます。そんないわき市の魅力を発信しようと、主に市内で採集されたアンモナイトや首長竜などの化石を多く保管・展示しています。
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担当の学芸員にお願いすると、収蔵庫を見せてもらえることになりました。収蔵庫は、展示する資料を保管するため展示スペースの裏側に設けられ、施設の中核をなす心臓部ともいえる設備です。担当者が重い扉を開けると、中には大小さまざまな化石が棚にずらりと並んでいました。
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1階と2階に分かれていて、保管されている資料の数は、実に3万点以上。このうち約2万2000点が市の化石資料として登録されていますが、残りはまだ正確な調査などが進んでおらず、保管だけがされている状態だといいます。いったいなぜなのでしょうか? 学芸員の吽野翔太(うんの・しょうた)さんは、市内で発掘される化石の保管を続けていった結果、収蔵庫の容量が足りなくなっている現状を教えてくれました。
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(吽野さん)
化石などの収蔵物は、大小や軽重はあれど、どれもいわき市や国内の地質時代を知るための貴重な資料なので、捨てるわけにはいきません。そのため、収蔵庫が満杯になっているというのが現状ですね。だいぶ整理はしましたが棚はほぼいっぱいで、今後、新しい化石が発掘されるのはすごくいいことではあるのですが、それを適切に保管していくにはスペース的にも環境的にも厳しいという印象です。
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さらに収蔵庫の奥に案内してもらい、吽野さんがロッカーから取り出したのは、長さおよそ50センチ、幅が最大20センチくらいの骨の化石でした。いわき市内で昭和60年代に発掘された首長竜の後ろ足の骨の一部で、県の天然記念物に指定されているとのこと。表面を見てみると、多数のひびが入っていることがわかりました。
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発掘当時の化石を再現して作られたレプリカと比較してみると、一目瞭然。レプリカの表面にひびはなく、滑らかなのに対して、化石の方は幅2ミリくらいのかなり大きな亀裂も見られます。
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このひびは「黄鉄鉱病」と呼ばれ、黄鉄鉱と呼ばれる鉱物が化石の中に含まれると起きる現象だそうです。化石は発掘してすぐに、表面にひびなどで劣化するのを防ぐために樹脂などの皮膜で保護するのですが、その皮膜が徐々に剥がれ、空気中の酸素や水分に触れたことで化石の中の黄鉄鉱が膨張。化石に内側から力がかかり、このような状態になってしまうとのことでした。
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(白色の部分)
いわき市の化石には特にこの鉱物が多く含まれ、定期的なケアが必要だということですが、天然記念物がなぜこのような状態になってしまっているのでしょう? 学芸員の吽野さんに再び疑問をぶつけてみると、切実な実態があることがわかりました。
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(吽野さん)
スペースに余裕がないので、棚から下ろして点検するにも場所がないですし、やはり収蔵点数が多いので、いま学芸員3人で回しているんですけれど、マンパワー的にすべての状態をきちんと確認するというのも難しいんです。できれば発掘した時と同じ状態を維持していくというのが将来の世代へのかけ橋になるので、いまの保管状態がベストだとは言えないと思いますが、できるかぎり劣化しないように維持していくというのが務めだという気持ちはあります。
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収蔵庫は、棚によってはたくさんの資料が並び、一目で状態の確認が難しいなど管理の目も十分届かず、加えて点検や修繕を行う人手も足りない状態だという吽野さん。実際に見せてもらった資料以外に劣化してしまったものは少なくないと実みられ、博物館が担う資料の保管・保存という役割が果たせていない実情があったのです。
7割の博物館 “保管に課題”
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いわき市の施設のように、収蔵に課題を抱えている博物館はどの程度あるのか。今回、県内の20あまりの主要な博物館などにさらに取材してみたところ、収蔵に問題を抱える施設は少なくないことがわかりました。
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県内の23の博物館などを対象に保管や収蔵について尋ねると、回答してくれた17施設が「保管や収蔵に課題がある」と答えました。さらにこのうち13施設が、収蔵庫などの資料を保管するスペースが8割以上埋まっていると回答し、中には満杯の状態だと答えたところもありました。博物館の基本的な活動に、支障を来しかねない深刻な事態になっていることがわかったのです。
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理由について尋ねてみると、いずれの施設も土器や化石の出土、民具や古文書の寄贈などにより、
収蔵品が増え続けることを挙げました。その結果、いわき市の施設のように人手不足も加わって資料の劣化を招いたり、展示する美術品の購入を10年以上凍結したりするなど、深刻な影響が出ているケースもみられました。
収蔵庫を新設…只見町のケース
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収蔵の問題に対して、新しく施設を作って解決を図ったところもありました。只見町にある「ただみ・モノとくらしのミュージアム」がそれです。2年前に新設されたこの施設、農業や狩猟など、山あいの人々の暮らしを支えてきた「生産用具」と呼ばれるさまざまな品々を展示・保管しています。
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この施設は、町の財産でもある昔の道具を理想的な環境で残していこうと、十分な収蔵能力のなかった前の施設に隣接する形で新設されました。国の補助金など5億円あまりをかけて整備された館内には、国の文化財に指定された2300点あまりの道具が保管されています。
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この施設の特徴は、国指定の文化財およそ2300点を収蔵するために作られた専用の収蔵庫。昔の人たちが着ていた衣類や、山菜採りに使った道具など数々の貴重な資料が保管され、湿度の管理ができ、保管に最適な環境だといいます。
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実はこれらの資料は、20年ほど前に国の指定を受けて以降、この施設ができるまで町の古い公民館に仮置きされており、必ずしも適切な環境では保管されていなかったといいます。
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以前、保管していた公民館がどんなところだったのか見せてもらうことができました。完成したのは50年以上前、今は使われておらず、仮の収蔵庫として運用されているといいます。
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中に入ってまず気になったのが、かび臭いにおい。湿気がこもった環境で、収蔵されている資料にとって良好な環境とは思えません。2階のホールのような場所には、所狭しと棚が並べられ、さまざまな道具が保管されていました。
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ここに保管されているのは、国指定ではない通常の生活用具。ふだんの暮らしにより密着した鍋や鉄器、調理用具などが中心だといいます。新しい収蔵庫ができたにもかかわらず、そちらは国指定のものだけでいっぱいで、実はこうした道具1万点ほどがまだこの公民館に残されているというのです。
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館長の久野俊彦さんも、国指定の文化財の収蔵環境は劇的に改善したため、現状は大きく前進したものの、いまだに公民館に残るこうした道具たちの現状は、看過できないといいます。
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(久野さん)
現在のここの収蔵状況はとてもベストとは言えないですけれど、やはり先人がこれだけのものを集めてきたわけですから、道具そのものだけではなくて、それを大切にしていくという意志を受け継いでいきたいとは思っています。ただ、この膨大な資料をどうするかはめどが立っておらず、当面はここに置いておくしかないです。理想的なのは、国指定の大がかりなものでなくても、新しい収蔵庫を建設してそこに収めるということですね。あるいは温湿度管理や光をしっかりと防げるように、ここをもう少しよい環境にすべく改修していくべきだと思っています。
専門家 “既存の施設うまく生かし”
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専門家は現状をどう見ているのでしょうか。文化財の保護などに詳しい福島大学の阿部浩一教授は、代えのきかない文化財は可能な限り保存していくべきで、増えていく一方の現状はやむをえないとしています。その上で、収蔵庫などの新設は多額の費用がかかるため現実的ではなく、地域に理解を得ながら、廃校などの施設に収蔵環境を向上させる改修を加えるなど、うまく活用しながら保管を進めていくべきではないかといいます。
(阿部教授)
文化財の保管が必要だということを地域の皆さんに理解してもらいながら、少しずつでもその場所を確保していくべきです。それにはやはり地域、社会全体の文化財への理解が大事で、守ることで地域に何をもたらすのか、研究で新しくわかったことや、文化財が観光などに役に立つ可能性があるなど、博物館や行政が意義を具体的に示していくことも大事だと思います。
取材後記:“わがこと”として捉えよ?
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(写真はただみ・モノとくらしのミュージアム)
今回、取材を進めていく中で収蔵の問題と関連して深刻だと感じたのが、博物館が置かれている厳しい運営状況です。今回取材した博物館の関係者の多くが、たまり続ける資料を理想的な環境で保管したい気持ちはあるが、光熱費、修繕用の材料の価格高騰、さらに財政的に苦しい予算状況では対応が厳しいという話を口にしていました。現に取材に応じてくれた22施設のうち、年間の収支が明確に黒字だと回答したのはたったの2つしかありませんでした。
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貴重な収蔵庫の状況を見せてくれた、いわき市石炭・化石館ほるるの吽野さん。“博物館、学芸員だけで解決していくには限界があるのかなと感じています”というひと言が印象に残っています。去年、国立科学博物館が、収蔵する国内最大規模の資料を守るためにクラウドファンディングを募ったことは、驚きを持って受け止められました。国内随一の博物館でさえ、一般から資金を募らなければならない状況の中で、地方の博物館が置かれた状況がそれ以上に厳しいのは想像に難くありません。
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(いわき市石炭・化石館ほるるにて)
いずれ科学や歴史民俗の研究にも深刻な影響を与えかねない博物館の収蔵環境の現状。福島大学の阿部教授は、博物館は地域の歴史や文化、自然を記録し、過去から未来へとつないでいく存在であることを忘れてはならないと指摘。そこで保管する資料は大事な公共物で、収蔵の問題を博物館だけに押しつけず、地域や社会全体で保管や保護について考えていく、つまり1人ひとりが“わがこと”として考えていくべきだといいます。
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(阿部教授)
やはり行政、博物館、学芸員まかせにするのではなく、地域で継承すべき文化財の保存・保管の手段を、一般の人たち、例えば住民主体で探るということも大事だと思います。博物館、行政、市民が一体となって、こうした貴重な文化財の数々をどうやって次の世代に伝えていくか、伝えていけばよいかを話し合っていかなければならないし、社会全体で博物館の問題を考えていく必要があるのだと思います。
からの記事と詳細 ( 【福島】博物館の収蔵庫が不足!? - nhk.or.jp )
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