Saturday, January 1, 2022

生涯打率「リーの壁」超えに挑める打者 - 産経ニュース

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生涯打率で2位に転落した青木㊧と1位に返り咲いたリー
生涯打率で2位に転落した青木㊧と1位に返り咲いたリー

日本野球機構(NPB)のホームページに掲載されている、4千打数以上の打者を対象としたシーズン終了時点での生涯打率ランキングに昨季、異変があった。平成30年以来、トップだった青木宣親(ヤクルト)が2位に転落し、代わって昭和52~62年にロッテで活躍したレロン・リーが1位になったのだ。リーは中日時代の落合博満(元日本ハム)に抜かれたシーズンもあり、2度目の返り咲き。だが、令和4年シーズンが終わるときには、再びリーを抜く日本人打者が誕生しているかもしれない。

川上から長嶋、張本へ

青木は米大リーグからヤクルトに復帰した30年、生涯打率ランキングの「規定打数」の4千打数に達し、1位に躍り出た。この年の打率は3割2分7厘で、通算打率は3割2分9厘。リーの3割2分を上回った。

しかし、1月5日で40歳を迎えるという体力的な衰えか、翌年以降はじわじわと数字を落とし、昨季は2割5分8厘。通算打率3割1分9厘9毛でリーの再浮上を許した。

生涯打率は古くは長嶋茂雄(元巨人)が1位だった。巨人の9連覇2年目の昭和41年に4千打数に達し、3割2分3厘で、当時の監督で打撃の神様と呼ばれた川上哲治(元巨人)の3割1分3厘を抜いた。45年になると当時のシーズン最高記録の3割8分3厘をマークした東映(現日本ハム)の張本勲(元ロッテ)が通算打率3割2分2厘とし、3割1分4厘に数字を落としていた長嶋に代わって1位になった。

昭和45年、東映時代の張本。この年、打率3割8分3厘をマークした
昭和45年、東映時代の張本。この年、打率3割8分3厘をマークした

その張本を55年に抜いたのは、このシーズンに4千打数をクリアした若松勉(元ヤクルト)で、3割2分6厘。若松時代は5シーズン続き、リーが60年、3割2分3厘で首位に立つと、62年限りで引退しても1位をキープし続けた。

イチローは対象外

そのリーの牙城を最初に崩した落合は平成元年に4千打数を突破し、3割2分6厘をマーク。4年までトップを守ったが、シーズン2割8分5厘だった5年、生涯打率は3割1分9厘に落ち、リーが浮上した。その後はリー時代が29年まで25シーズン続く。

これらの歴史を振り返ると、生涯打率でいったんトップになっても、全盛期を過ぎて徐々に打率を落とし、4千打数に達した後進に抜かれるパターンが多い。最終的に落合は3割1分1厘、長嶋は3割5厘にまで打率を落としており、打ち続けないと下がる打率で成績を残すことの難しさを浮き彫りにしている。

ちなみに、日本で7年連続首位打者に輝いたイチロー(元オリックス)のプロ野球での通算打率は3割5分3厘。だが3619打数のため、この記録の対象外になっている。

助っ人が有利な理由

一方、リーは初めてシーズン打率が2割7分2厘と3割を打てなかった62年(57年は規定打席不足)限りで退団。外国人選手は成績が下がるとすぐに整理され、日本人選手のような選手生活の「晩年」を経験しない。このため、生涯打率争いでは有利といえそうだが、逆に4千打数を突破するのは難しい。

昭和61年のバースは前人未到の打率4割に迫ったが、最終的には3割8分9厘だった
昭和61年のバースは前人未到の打率4割に迫ったが、最終的には3割8分9厘だった

昭和60年の阪神日本一に貢献し、61年には今も破られていない3割8分9厘のシーズン最高打率を記録したランディ・バースは、2208打数に過ぎない。外国人選手で4千打数をクリアし、通算3割以上をマークしたのはリーを含め、ブーマー・ウェルズ(元阪急)、リーの弟のレオン・リー(元ヤクルト)、アレックス・カブレラ(元ソフトバンク)、アレックス・ラミレス(元DeNA)の5人しかいない。

今季、4千打数に達するであろう選手の一人が、現時点で3946打数の柳田悠岐(ソフトバンク)だ。昨季終了時点での通算打率は3割1分9厘。平成27年には3割6分3厘、30年にも3割5分2厘で首位打者を獲得しており、今季の打率次第で「リー超え」の可能性は十分にある。

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