Tuesday, April 5, 2022

「私を忘れないで」 コロナ禍の“記憶”を保管するデジタル技術 - ITmedia NEWS

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 2020年初めから、瞬く間に世界へと拡大した新型コロナウイルス。AIやビッグデータなどの先端技術、そしてモバイル機器やSNSなど個人に力を与えるテクノロジーが普及した中で起きた今回の感染拡大は、「世界初のデジタル・パンデミック」とも称されている。

 その言葉通り、COVID-19への対応に当たっては、多くのデジタル技術が活躍を見せた。AIによる次の流行の予測や、モバイル機器を活用した行動追跡、そして「密」を避けるためのWeb会議やメタバース系サービスなど、本連載でもさまざまな事例を紹介してきたが、いま新たなデジタル技術の活用法が模索されている。

 それはパンデミックが発生している現在の「記憶」を保管するというものだ。次のパンデミックの備えに活用するのはもちろん、故人の追悼ために使う国も現れている。

記憶を保管することの重要性

 過去のパンデミックでも、さまざまな形で記録、そして記憶が残されてきた。例えば1918年に発生したインフルエンザの世界的大流行、いわゆる「スペイン風邪」について考えてみよう。

 米CDC(疾病予防管理センター)によれば、全世界で約5億人(当時の世界人口のおよそ3分の1)がこの原因となったH1N1ウイルスに感染したと推定され、死亡者数は少なくとも5000万人に達したとされている。死亡率は5歳未満、20〜40歳、65歳以上で高く、特に健康な人の死亡率が高かったことが、このウイルスの特徴であったそうだ。

 こうした情報はもちろん重要なものであり、他のさまざまな記録と合わせて、次のパンデミックに備えるために大きく役立つ。一方でそれは無味乾燥なデータであり、頭から簡単に抜け落ちてしまいがちだ。おそらく明日には、「スペイン風邪では5000万人も死者が出た」というこの恐ろしい情報も、記憶の片隅に追いやられていることだろう。

 では同じCDCが作成した、こちらの映像はどうだろうか。

 先ほどと同じ情報とともに、当時撮影された写真や、新聞に掲載された広告などが映し出される。そこには大勢の実際の患者や、対応に取り組む医療従事者、研究者らの姿があり、さまざまな数字がより現実味を持って感じられるようになるはずだ。

 その良しあしは別にして、人間の脳は、情報を「物語」の形式で与えられるのを好むことが各種の研究から明らかになっている。例えば記憶術の中にも、与えられた情報を物語に置き換えて覚える(物語を設定してその中に与えられた情報をちりばめる)という手法が存在している。そうすることで、より記憶に残りやすくなるのだ。

 さきほどのCDCの映像も、データを物語にちりばめ、より人々の記憶にとどまるように工夫したものといえるだろう。こうすることで、「犠牲者は推定で5000万人」のような詳しい情報は忘れてしまったとしても、「パンデミックは恐ろしい」という記憶は残り続ける可能性が高まる。

 スペイン風邪が流行した20世紀初頭は、残念ながらまだメディアは一部の人々しか手にしていないものだった。しかし「デジタル・パンデミック」であるCOVID-19が発生した現在、ありとあらゆる人々がメディアを手にし、日常を記録し続けている。

 自分の体験や感情を、デジタル技術にのせて世界に発信することもできる。いまそうした記憶を集めて保管しておこう、というプロジェクトが複数立ち上がりつつある。

記憶に残すためのデジタル技術

 ロンドンにあるセントポール大聖堂が開設したのは、その名も「Remember Me」(私を忘れないで)というWebサイトだ。

セントポール大聖堂が開設したWebサイト「Remember Me」

 これはCOVID-19犠牲者の家族や友人が、故人の思い出を書き込むことのできるWebサイトである(投稿に当たっては名前とメールアドレス、パスワードの入力が求められ、また投稿できるのは一人当たり1件の制限が設けられている)。

 投稿され、内容確認の上で掲載された投稿は他の訪問者も閲覧でき、今回のパンデミックがいかに一人一人の人生に大きな影響を与えたのかを実感させられる。現時点で投稿の数は、およそ1万件に達している。

 さらに投稿された内容は、公式TwitterおよびInstagramのアカウントでもシェアされると同時に、大聖堂内に設置されたインタラクティブなディスプレイ上でも閲覧できるようになっている。

 これは追悼の意味合いが強く、また教会という伝統的な宗教施設によって進められているプロジェクトだが、より記録という観点から情報を集めることに取り組む活動もある。

 カナダ・サスカチュワン州の州立大であるサスカチュワン大学は、「COVID-19 Community Archive」というプロジェクトを立ち上げている。これは同大学のアーカイブ部門が医学・公衆衛生学の歴史を専門とする教授陣と協力し、コロナ禍における個人の経験を記録することを目的として実施しているもので、一般の人々に投稿を呼び掛けている。

 プロジェクトのWebサイトは、そうした経験を集めることの意義について、「COVID-19パンデミックが私たちの社会をどのように変えたかを研究する教員や学生、ジャーナリスト、歴史家、作家などの研究者にとって、貴重な資料となるだろう」としており、ソーシャルメディアに投稿したテキストや写真、動画、電子メールの文章、ブログの投稿、日記などさまざまなメディアでの投稿を受け付けている。

 実際に、南アフリカのケープタウンに住む女性から寄せられた投稿では、パンデミックによって2人の孫たちと物理的に交流することができなくなってしまい、iPadと手作りの木製スタンドを駆使して、リモートで孫たちと遊ぶようになったという話(そして実際の様子を収めた写真)がアップされている。

 別の投稿では、カトリック教会のミサまでもオンラインで行われるようになったことが語られており、まさにいま私たちが経験している日常の変化の貴重な記録となっている。

 こうした研究を目的とした各種デジタルコンテンツの記録は、他の公的機関や研究機関でも行われており、ロサンゼルス公共図書館はロサンゼルス住民にデジタルコンテンツの投稿を呼び掛けている。面白いことに、絵画や詩などの芸術作品もOKだそうだ。

 当然のことながら、新型コロナウイルスによって直接的なダメージを受けていなくても、私たちは日常的に大きな苦労を強いられている。これまでであれば記録に残されなかったであろう、しかし時代の空気を正しく伝える上で重要となるささいな情報が、デジタル技術によって多くの人々の手で残されるようになった。それを広く集め、アーカイブしようというこうした試みも、後世の人々にとって大きく役に立つものとなるだろう。

記念碑×デジタル

 もう一つ、独自の形でデジタル技術を活用している例を紹介しておこう。それは「National Covid Memorial Wall」と名付けられた、リアルとバーチャルを組み合わせた試みだ。

National Covid Memorial Wallの画面

 サイトにアクセスすると、文字通り「壁」が表示されるのが分かるだろう。しかしただの壁ではなく、いくつものハートマークが書き込まれている。これはロンドンにあるAlbert Embankmentという川岸の一部で、ハートの一つ一つが、英国内で発生したCOVID-19犠牲者を示している。現時点で、ハートの数は16万個に達している――つまり英国内での犠牲者数が16万人に達しているということだ。

 これはLed By Donkeysという活動家グループが立ち上げたプロジェクトおよびWebサイトで、実は政府からの正式な許可を得て行っているものではない。彼らが英国内のCOVID-19犠牲者を追悼するために始めたゲリラ的な活動なのだが、多くの注目を集め、犠牲者の家族らも訪れるスポットとなっている。

 Webサイト版は左右にスクロールでき、Albert Embankmentで採集したと思われる雑踏の音も流れるようになっており、実際に壁を目の前にした気分になれる。またスクロールしていくと、ところどころで人間の音声が流れる箇所がある。

 これは犠牲者の家族や友人(その名前が画面左下に表示されている)から集められたもので、故人の思い出を語る内容となっている。それを聴きながら壁に描かれた無数のハートや、添えられた花束を目にすることは、もしかしたら実際にAlbert Embankmentを訪れる以上にこの壁が持つ意味を理解させられるといえるかもしれない。

 前述の通り、このプロジェクトはゲリラ的に行われているものであり、いまこの壁を残すべきかという議論が生まれている。許可を得ていないのであれば当然ながら取り壊されたり、壁を塗りなおされたりしても文句は言えないわけだが、犠牲者の追悼という活動自体は多くの人々が支持するところであり、英国教会の大主教も壁を訪れてその意義を訴えている。

壁を訪れて支持を表明した、英国教会のカンタベリー大主教(National Covid Memorial Wallの公式ツイートより)

 このプロジェクトが保全されるのかどうか、現時点では定かではないが、物理的な壁と違い、デジタル空間にあるWebサイトまで強制的に撤去してしまうことはできないだろう(もちろん何らかの公的な命令によってサイトが閉鎖されてしまう可能性はあるが)。

 そして「犠牲者数16万人」という単なる数字ではなく、ハート一つ一つが持つ命の重さを実感し、記憶に留める装置として、このWebサイトは機能していくはずだ。

 誰かを追悼したり、その記念になるものを残したりといった行為は、人類史の初めから見られるものだ。埋葬と考えらえる可能性のある行為は、実に10万年以上前から確認されているそうである。デジタル・パンデミックの時代、その姿かたちは変化しても、人々はその手にある技術を使い、さまざまな記憶を留めていくのだろう。

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